道路を80キロの制限速度で、男が運転していた。
すると、助手席に座っていた男の妻が意を決したように話し始めた。
「あなた。私たちは今年で結婚10周年ね。
それなのにとっても申し訳ないのだけど、あなたと離婚したいの」
男はそれを聞くと、何も言わずに黙ってアクセルを踏んだ。
車の速度は時速90キロに上がった。
「怒らないで、あなた。
実は、あなたの親友と私、しばらく前から付き合っているの。
あなたと違って彼のアレ....とっても情熱的なの。
私たちの結婚生活にはなかったものよ」
男は押し黙ったまま、さらにアクセルを強く踏み込んだ。
「それで自宅と土地の名義、
それに持っている株は全て私のものにしたいの。
あなたには現金があるでしょ。だから公平に」
妻がそう言うと、車の速度はさらに100キロに上がった。
妻はそれには構わずに続けた。
「あ、子供の養育権も、もちろん私のものよ。
仕事で家庭を顧みないあなたと比べたら、
あの子は私になついてるはずですし....」
車の速度は120キロにもなり、路肩を外れたかと思うと、
道路脇にあるコンクリートの大きなビルに向かって走り始めた。
「ねぇ、あなたの方で欲しいものは、他に何かあるかしら?」
男がようやく口を開いた。
「いらない。本当に必要なものは、ここにあるから」
「本当に必要なものって?」
妻が不審げに尋ねた。
車の速度が140キロになり、
ビルに衝突しようとする目前、男が答えた。
「エアバッグさ」