【芝居のはなし】
芝居の見物のほぉがまた大変で、今でも歌舞伎を見に行こぉといぅたら
一日仕事になりますが、まして昔は前の晩から大騒動やったそぉですなぁ。
女ごはんが、なんといぅたって若い娘はんなんか芝居が好きでっさかい、
綺麗ぇに綺麗ぇに着飾ってやって来る。
これは大きな劇場でも村芝居でもおんなじことで、見物人、
競り合ぉてくるっちゅうと、舞台も舞台やけど近所に別嬪の娘はんでも来たら、
半分そっちのほぉへ気が行ってしもたりしてね、
いろいろ悪さをしたりするんですが、村芝居でもそぉいぅことがあるとみえて。
村の鎮守のお祭から帰って来た娘が
「お母ちゃん、今日わて芝居見ててな、七へんも見る場所替わったんやし」
「んまぁ、また男の人が悪さしはったんやろ?」「はぁ、七へん目にやっと」
なんて噺もあるさかい、娘はんのほぉもある程度期待してんのかも知れません。
まぁ、さっきも言ぃましたよぉに電気の無かった暗い芝居小屋、
切り落としなんかいぅて、舞台の一番前の追い込み場なんか、
ちょっと値段が安いもんやさかい、
芋洗うよぉにギ~ッチリ混雑でギュ~ギュ~詰めなってます。
膝と膝、肩と肩とが触れたりする。
そぉすっとやっぱりゴジャゴジャといろんなことするやつがあるんですなぁ。
けど、ある程度以上はでけまへんわ、並んで座って芝居見てんねやさかいね。
「くじるほか良い知恵の出ぬ切り落とし」てな句もあるが、
宿下がりで御殿女中やら、あるいは奉公してる娘はんなんかが
一日(いちんち)お暇もろて芝居見物に来る。
一生懸命見たい芝居なんやけど、横からゴジャゴジャされる。
「くじられた幕宿下がりうろ覚え」いぅて、
もぉそのときは芝居のことも何も分からんとボ~ッとなって、
そこんとこだけ筋が飛んでたりいたしますが。
こら、見物が誰も分からんやろぉと思てやってます。
なるほどこの、隣りや後ろに座ってる人は案外気が付かんもんですが、
舞台からこれよぉ分かりまんねやてなぁ。
そら主役クラスになると舞台の真ん中で目ぇ剥いたりして、
いろいろやってるさかい一生懸命ですが、端に並んでる連中、
これ暇なもんでっせ。
ふた言ほどセリフ言ぅて、
一時間の芝居ズッと出てんならんちゅな役があんねやさかい。
気の毒なんは幕のはじめのほぉで殺されて、
あとその死骸が要るときなんかズッと寝てんならんことがありますわなぁ、
こいつは辛い。ジィ~ッとしてんならん。
で、並びの腰元やとか中間(ちゅ~げん)なんか、
こぉしゃがんだり座ったりしてズ~ッと人が芝居してんのん待ってるわけなんで。
小さい声でボシャボシャ、ボシャボシャ言ぅてますなぁ、あれ。
■かなんなぁ、ホンマにもぉ……、
えぇ調子になって芝居してけつかるけど、
もぉ足が痛とぉなってきたがな
●もぉ、そない言ぅなや、これが仕事やがな
■仕事か知らんけどもいな。
●お前ぼやいてるけど、まだ前のやつのほぉがもっとえらいで
■そぉか
●死骸やがなあれ、息もでけへんねやがな。
お腹動かさんよぉに息してんならんね。
あら辛いで、ピリッとも動かれへんねや。
わしらまだ痒(かい)ぃとこがあったら掻いたりできるがな。
■ん~、退屈ななぁ
●退屈なときは客席見ぃ
■え?
●客席見てみ
■オモロイのんあるか?
●前や前や、もぉちょっと下手しもて下手、見てみぃ、
あの最前からゴソゴソ、ゴソゴソしてると思てたあの男、
えぇとこまでいきよったらしぃで。
■おッ、ホンに。あいっちゃな?
●あいつや、見てみぃあの女ごのほぉ、
顔ポ~ッと上気さしてもぉ、
真っ赤になったぁるがな。
目ぇ細ぉ~して、おぉおぉ唇半開きにしよって、
半開きにしたと思たらキュッと食いしばりよったがなあれ。
うわぁ~ッ、ちょっとあれ見てみ……
言ぅてると、死骸が顔上げて「どこにぃ~ッ?」
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