遊郭・飛田新地でも中国人“爆買い” 大阪観光ついでにゾロゾロ…賑わいの裏で色町は“サービス”改善模索
遊郭の名残をとどめる大阪・西成区の飛田新地に、中国人観光客が押し寄せている。ツアーで都心のホテルなどに泊まり、夜は男同士で示し合わせ、女性や子供と別行動で“お楽しみ”の時間を過ごしているようだ。お得意の“爆買い”でお金をたくさん使ってくれ、街は繁盛してホクホクかと思いきや、料亭を束ねる飛田新地料理組合からは意外な反応が返ってきた。いわく「一過性の外国人客だけを相手にする商売は“先”がない」。3年後の平成30(2018)年は新地が誕生して100年。それに向け、組合はサービスを含め大胆な改革を検討している。
8月のある夜、飛田新地で中国語で話しながら歩く男性3人組を見つけた。いずれも30歳前後。Tシャツやポロシャツに半パン、ジーパンというラフな格好で、ホステスの女の子や客引きの年配女性が座る店の玄関口をのぞきながら通りを行ったり来たりしていた。
そのうちある店の前で立ち止まり、身ぶりを交え中国語で交渉を始めた。間もなく1人が中に入り、女の子と階段を上がっていき、残る2人は店の外でたばこを吸うなどして待機。約15分後、中に入った男性が出てくると、また3人で楽しそうに話しながら通りを歩き出した。どうやら、気に入った女の子を見つけた者がその店に入り、残った者は外で待つと決めて街をめぐっているらしい。
近くの通りには中国語で会話する別の男性グループもおり、やはりどの店に入ろうかと行きつ戻りつしていた。彼らは情報にも詳しいようで、歩いていたのはいずれも、若くてかわいい女の子が多いと評判の一角だった。
妻子をホテルに残して…
地元関係者によると、飛田新地には数年前から中国人や韓国人ら外国人客が増え始めた。中でも目立つのは中国人で、観光で来阪し、夜は妻や子供をホテルなどに残し、男同士でやって来るという。車でやって来る団体客も多いようだ。
今はネットやクチコミで海外の観光客に日本の風俗情報も伝わりやすいが、特に飛田新地が好まれるのは店の特色にある。「海外でその手の店といえば“できる”のが一般的。だから日本独特のヘルスなどはサービス内容も違い、システムも分かりにくく敬遠される。その点、飛田は女性を見て選べるし、値段も手頃で、彼らの感覚にピッタリくる」(地元関係者)
しかし、そんなにぎわいにも、街の関係者の表情はさえない。ある関係者は言う。「確かにお金を落としてくれるが、言葉が分からず、やりにくいという店もある。(営業終了の)午前0時を回っても、とどまろうとする客がいたり…。どうも感覚が違う」
別の関係者も話しにくそうにこう言う。「彼らの中にはマナーが悪かったり、女性を“モノ”のように見たりする客がおり、店側もいい客とは思っていない」
飛田新地は現在、こうした外国人客に加え、大阪府外から観光ついでや遊びでやって来る客も多く、回転を速くするため、15分や20分という短い時間制をとる店もある。
しかし飛田新地料理組合の関係者はこうした傾向は歓迎できないという。「今は一過性のお客さんでにぎわっている状態で、週末はともかく、全体的にはそんなに人は来ていない」。地元の客が減り、むしろ活気が薄れているというのだ。
3年後の飛田新地100周年に向け改革模索
別の組合幹部も言う。「外国人客や遠方の客だけを相手にしていてはだめ。地元を大切にしない商売は先がない。“一発屋”のイメージでは風情もない」
実際、遊郭の形態をとる他地域の街が、そうした“外”からの客に頼って衰退した例も見てきたという。飛田でも過去、花の万博(平成2年)やバブルのころは外からの客でにぎわったが、その後に客足が衰えるなど反動を経験した。
そこで組合は「一日勤労した人が明日も意欲がわき楽しめる街」というキャッチフレーズのもと、街のカラーや料金・時間を含めたサービス内容などの改革を検討している。
先の組合関係者は「昔は“やって帰る”だけでなく、一杯飲みながら三味線の芸を楽しむなど情緒があった。今はそういう形での営業は無理としても、もう少しゆっくり遊んでもらえるようにしたい。例えばお客さんが1万円払ったら、10分、15分程度で追い出すのでなく、せめて20~30分は滞在してもらい、納得して帰ってもらおうということ」と話す。
大正7(1918)年に誕生した飛田新地は3年後の平成30(2018)年に100周年を迎える。改革はそれを見据えたもので、今後、各店とも話し合って具体化していくという。
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