【猪飼野(いかいの)】
大阪に猪飼野といぅ所があります「猪を飼う野」と書くんですが、
今はえらい賑やかなとこですけども、
明治のはじめ頃までは一面の桑畑やったんやそぉで、
こらまぁ明治以前のお噺ですけど……
■あんなぁ、猪飼野の桑畑にオモロイ女ごが毎晩のよぉに出てんねやて
◆どないオモロイねん?
■いや、ちょっと変わっとんねやなぁ、あの桑畑の真ん中にそぉ、
雑木が茂ってこんもりしたとこがあるやろがな。あん中入ってったらな、
頭の上から手拭をこぉパラッと掛けただけで、ズボ~ッと立っとぉんねやて。
ほで、そばへ行たらどこへでも付いて来るし、どんな言ぅことでも聞くねがな、
こいつが。
◆そらお前、商売女や
■いや、金取れへんねん
◆ただか?
■ただやがな。毎晩のよぉに出てんねやで。
もぉどんな男でも相手にするし、まぁ世の中には好きな女があるもんやと思てなぁ
◆へぇ~、そらだいぶに変わってんなぁ。
「よし、今晩行たれ」ちゅうわけで、教えてもぉた所へ行ってみますと、
なるほど手拭を引っ掛けた女が一人立ってる「こいっちゃな」てなもんで、
そばへ寄って「おいッ、おいッ」袖を引くと黙って付いて来る。
程よい所へムシロが敷(ひ)ぃてありますので、でその上で始めますと、噂
が広まってお役人の耳にもこれが入ってた「けしからんやつである」といぅ
ので、ちゃんと手配り伏勢(ふせぜぇ)といぃますか、人数が大勢ここへこぉ
忍んでた。
そのど真ん中で始めたんでっさかいたまりまへん「それッ!」と声がかか
ると八方からサ~ッと明かりを突きつけられた。
◆お、おぉ~、これは?
▲「これは」も何もない。怪しぃやつ、番所へまいれ
◆いぃえ、決してわたしはそんな怪しぃ者(もん)ではございません
▲何、怪しないことがあるもんか、けしからんやっちゃ。
こんな所でかかることを、
番所まで来い。
◆これはそんな怪しぃんやないんです。
これはわたしの女房、うちの女房でおまのんで
▲嘘をつけ、自分の女房とこんな所で、何でこんなことをせんならん?
◆へぇ、今照らされて、初めて分かったんや。
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