【尾上多見江】
♪因州因幡の鳥取の、しかも大道(だいど)の真ん中で、娘が三人出会いして、
先なる娘は十六で、中なる娘は十七で、あとなる娘は十八で、先なる娘の言ぅ
ことにゃ、初めて殿御と寝た夜さは、三つ目ん錐(ぎり)で揉むがよに、キリ
リやキリリと痛とござる。
♪中なる娘の言ぅことにゃ……
面白い唄ですなぁ「因州因幡の鳥取で」
え~、昔はずいぶん地方のほぉへお芝居の一座を組んで巡業いたしました。
山陰のほぉへ回っておりましたのが、尾上多見蔵(民蔵)といぅ幕末から明治
の初期へかけての関西の大立者、この人の弟子で尾上多見江といぅ若ぁい、
綺麗ぇな女形で。
急な用事ができまして、一座から離れて自分だけ大阪へ帰らんならん。昔
はこの、男の一人旅といぅのは宿屋ならあっさり泊めてくれますが、そぉで
ないところで「泊めてくれ」と言ぅと、嫌がって警戒してなかなか泊めてく
れなんだ。
その点、女の一人旅は安心して泊めてくれますので、ずいぶんこの街道か
らそれた田舎へ入ってたさかい、そぉいぅとこへ泊まらんならんこともある、
女装して行たほぉが便利やろぉといぅので、女になりまして、まぁ、一つは
修行でもありますのでな。
自髪(じがみ)を使こぉたのか、カヅラを乗せたのか、その時分のこってっ
さかいに自髪もずいぶん使いましたやろぉが、ちょっと見たところで分から
ん、若い綺麗ぇな男でっさかい、どっから見ても女に見えます。旅支度を整
えましてやって来る。
案の定、宿場も宿屋もなんにも無いところで日が暮れた。一軒の百姓家で
頼みますと、
■何かいな、女の一人旅?
●はい、大阪へ急ぎの旅でございます。まことに
申し訳ございませんが、一夜の宿をお願いしとぉございます。お礼は十分に
さしていただきますで。
■そぉか、やっぱり大阪やなんかのお女中はえらいもんじゃなぁ。うちもお
前はんぐらいの娘がいてるがなぁ、なかなか一人でそんな長旅よぉするかい
な。ん、泊めたげる、奥の離れで寝たらえぇがな。
■お花
★え?
■大阪のお女中じゃ、お前と年格好もそぉ変わろまいで、今日
はいろいろとお世話してあげ。大阪の話でも聞かしてもろたらえぇがな。
テレビもラジオも新聞も無かった時分、こぉいぅ旅人は歓迎ですなぁ。娘
さん、部屋へやって来て「どんな芝居が流行ってます?」とか「着物の柄は
どんなんが流行?」やとか。
半襟かなんか出しまして「これ、あんたにあげます」喜んでな、
★もっと大阪の話、聞かしとぉくなされ
●そぉじゃ、こんな面白い絵草子が
ございます。これをご覧あそばせ。
と、旅行李の中から取り出してまいりましたのが枕絵でな、
●いかがです? 面白ぉございましょ。
一目見て真っ赤になってしまう。
●わたし、ちょっとお手水へ行てまいりますでな、そのそばに書いてある文
句が面白ございます。ゆっくりご覧を……
手水場行てしまう。もぉ一人になって枕絵と差し向かいであっちを見ぃ、
こっちを見ぃしてるあいだに、ポ~ッとのぼせてカッカ、カッカ「どぉでご
ざいますその本? 面白ございまっしゃろ」そばへピタッと寄り添ぉて、体
のあっちこちを触りだす。
「どぉも様子がおかしぃ……、さては男?」と、気が付いたときにはもぉ
どぉしょ~もない、声立てる間もなにもない、綺麗にやられてしまう「また
夜中でも、どぉぞお越しを」恥ずかしぃもんでっさかい夜中にもよぉ行きま
へん。
一夜明けます。
■おい、大阪の客人まだ寝てるのか? 都会のお女中てなものは朝寝でどん
ならん。早よ起こしといでお花、ちょっと行って起こしてこい。何? 嫌じゃ
て? 何が嫌じゃ、夕べあない機嫌よぉして、喧嘩でもしたんかいな。しゃ~
ないもんじゃなぁ、お米、お前行てちょっと起こしといで。
「はい」お上さん奥へやってまいりまして、
▲これ、大阪の客人、大阪のお女中、起きなさらんか。いつまでも寝てたら
旅がはかどらんでな、これ
●はい、起きねばいかんと思いながら、朝からお
腹が痛んでまいりました
▲そりゃいかん、病気かいな、どこが痛い?
●下腹がキリキリと
▲押さえてあげよか?
●お願いをいたします。
「どのへんじゃ、どのへんじゃ?」布団の中へ手ぇ突っ込んで、
▲このへんか?
●もぉちょっと下でございます
▲この……、うッ!
びっくりするよぉなもんが手に触った。その手を上からグ~ッと押さえて、
●ここが痛みます
▲お前さんは?
●わたくしは大阪の歌舞伎役者でございま
す。お上さん、どぉぞこの痛みを取り除いてくださりませ。
と、グ~ッと握らした。田舎のお上さん、大阪の歌舞伎役者と聞ぃただけ
でデレデレ~ッとなってしもて、もぉアもウもあれしまへんなぁ、その場で
埒(らち)が明いて、ケッタ~イな顔して親父のとこへ。
「起きたか? ほな、飯にしょ」ご飯が済みまして、旅支度を整えて、
●どぉもいろいろお世話になりました
■いやいや、わしゃ隣り村へこれから
馬を曳ぃていかんならん。峠があるじゃろ、あそこまでちょっと道が急なで
な、わしが馬で送ってしんぜるで。
■あすこからこぉ道が二つに分かれてます、左側をとって行きゃ街道へ出る
でな、あぁ一本道じゃ、わしゃ右のほぉへとって隣り村へ用足しに行くで。
ほな、峠の天辺まで送るわ
●お願いをいたします……、それじゃお上さん、
お花さんお世話になりました。
と、馬の上にまたがります。ゆらゆらと峠の天辺まで、
■さぁ、ここでちょっと一服しょ~、馬から降りなされ。まぁこの辻堂の縁
へ腰をかけて……、あの左側の道、あれをとって行きゃ、言ぅてたよぉに街
道じゃ。わしゃこっち側へ降りて隣り村へ行くでな。
■ん~、人通りもないなぁ……、ちょっとこの辻堂の中へ入りなされ
●は?
■辻堂の中へ、まぁちょっと入れっちゅうのじゃ。人目避けて「この中へ入
れ」と言ぅたら、たいがい察してくれ。べつに一晩泊めたことを恩に着せる
わけはないがのぉ、旅の空じゃ、なぁ、ちょっとわしの言ぅことも聞ぃてく
れたらどぉじゃい?
「ほぉ~、この親父……、しかし、この親父の嫁はんと娘と両方いただい
たんやさかいなぁ、ついでにこの親父もいただこか」えらい役者があったも
んで、
●そんなら親父さん、わたしの言ぅことも聞ぃてくださいますか?
■え~?
わしの言ぅことをお前に聞ぃてもらおと思てるのに、お前の言ぅことを聞け
ちゅうのはどぉいぅこっちゃい?
●帯を解いて、下帯も外して……
■わぁ、こらありがたい。お前も帯を解くかい?
●そちら向きになって
■なんじゃ? そちら向きて?
●そちらを向いてくだんせ
■わしが向こぉ向くのか……?
後ろ向きにさしといて、いきなり後ろからお尻のほぉを大攻撃を加えたん
でビックリしたのが親父ですなぁ。
■い、痛いッ、こらッ、何をするのじゃ……
「さよぉなら、ご厄介になりました」とさっさと峠下って行ってしもた。
こっちが何かしょ~と思てるのに、あべこべにやられて、親っさん「河童に
ケツいかれた」とはこのこっちゃてな顔しながら、隣り村のほぉへ首ひねり
ながら降りて行った「あいつ、一体何者やったんかいなぁ?」
用事済まして家へ帰って来た。
▲お帰り
■あぁ……、お花、お前きのうのあの客人なぁ、宵に泊まったとき
世話をしてたが、何ぞ変わったことに気が付かなんだか?
★はぁ……? いぃえ。
■おかしぃなぁ……、お米、お前今朝、あの客人の世話してたが、何ぞ変わっ
たことなかったかい?
▲はぁ……? いぃえ
■おかしぃなぁ……
★お父っつぁん、あんた峠の天辺まで、最前送って行ったけど、何ぞ変わっ
たことでもあったの?
■ん……? いぃや。
* * * * *