【千擦】
姫君様の行列がさしかかります。大勢の供揃えを前後に従えましてやって
来るんですが、お六尺と呼ばれる駕籠舁(かごか)きが舁(かつ)いでいく。人
間が舁ぎまっさかい、やっぱり休まななりまへんわな。立て場、立て場で一
服しながら行きます。
駕籠の中に乗ってるお姫さんは、まぁえろぉ疲れもしませんが、付き合ぉ
て休まんならん。駕籠の中でジ~ッと座ってなはると、お六尺といぅたかて
やっぱり駕籠舁きやさかい柄の悪い連中が、何じゃかんじゃしゃべってる声
が聞こえてくる。
■おい、やっぱり何やなぁ。さっきチラッと見たけど、お姫さんて綺麗なも
んやなぁ
▲そらそいな、育ちが違うがな
■年はあれでさぁなんぼ……、十六
ぐらいかなぁ、あんなん、いっぺん何とかならんか?
▲アホなこと言えお前、しょ~もないこと考えな、手ぇも触れるかい
■そんなこと言ぅたかて、おんなじ人間やないかい。どないかならんかなぁ?
▲アホなこと考えんと、早よいんで千擦(へんずり)でもかいて寝てまえ。
これがお姫さんの耳へ入った「不思議な言葉を聞くなぁ……、あれは何の
ことかしら?」
●皐月(さつき)、これ、皐月
★はい、お呼びでございますか?
老女、お局(つぼね)さんが駕籠の脇へ手をつかえて、
●今、棒の者の申すを聞けば「早よぉ帰って、ヘンズリでもかいて寝てしま
え」と言ぅておったが、あれは何のことじゃ?
★はっ……
と言ぅたもんの、これお局さんも返答に困りますなぁ「あら、あれをこぉ
やってあぁやって……」てなこと言われへんさかいね。
★はい、それはそのぉ~……、下ざまの言葉でございまして……
●下ざまの言葉で、これは何を申したのじゃ?
★はぁ「早よぉ帰ってゆっくりと疲れを
とって休め」といぅことでございます
●左様か。
そのまま済んだ「お立ちぃ~」といぅので、また駕籠が持ち上がってお城
へ帰ります。ご家老さんがお出迎えになる。
◆これわこれわ姫君様には、ご無事ご安着、大慶至極に存知奉ります
●三太夫か、出迎え大儀。そちも帰って、早よぉ千擦をかいて休みゃ。
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