『鞍馬の天狗』
【主な登場人物】
『鞍馬の天狗』年増芸者 舞妓 天狗
今はもぉこの、あんまり芸者さん連れて、
舞妓連れて、遊びに行くちゅなことがのぉなりました。
この頃、お座敷呼ぶといぅことすらのぉなりましたでしょ。
こないだ、前回は京都でこんな会をやりましてね、
その時はちょっと舞子ちゃんやなんかも来ましたんですけど、
それでももぉ今日日(きょ~び)、お座敷へ呼ぶのが精一杯で、
芸者舞妓を連れて遠出ちゅなことはせんよぉなりました。
昔はそぉいぅのんありましたですなぁ、
うちのお爺ちゃんなんかそぉいぅことが好きでね、
あたしが子どものときから、よぉ連れて行ってくれたんです。
うちのお爺ぃ、道楽もんでしたからね、料理屋の亭主で。
料理屋の亭主ちゅな、あんまり家に用事がないんですよ。
だいたい料理屋ちゅなみな、女将が仕切るもんでね、で、
亭主があんまり顔を出さないほぉがお客さま方に都合がえぇ。
料理屋の亭主ちゅな髪結いの亭主とおんなしよぉなもんで、
割とブラブラ、ブラブラしてる。
ほんでね、わたしが小ぃさいときから、
わたしを連れて行くとね、家が出やすいんですなぁ。
あちこちよぉ連れて行ってくれましたですが、
その頃は芸者舞妓連れて遠出ちゅなありました。
京都で芸者連れて、舞妓連れて、太鼓持ち連れて
「みんなで鞍馬山へ遠出をしょ~」なんて、鞍馬のお山へビャ~ッ。
こぉなると信心も何もありゃ~しません。
もぉ単に山へ登る、で、そこで何か食べると、こぉいぅ段取りですなぁ。
●うわぁ~ッ、せやけど鞍馬のお山て、こんな鬱蒼と茂って、
こんなとこにヒョッとしたら天狗さんいたはんのと違うやろか?
▲まぁ~、姐ちゃん、天狗さんて恐い。
●恐いことあれへん、天狗さんかてあんた、
ただただ鼻が長いだけやんかいな
▲鼻の長いのんて恐いわぁ
●いや「恐いわ」てあんた、
わたしかって天狗さんちゅな見たことないけども
▲けど「鼻の大きぃ人大きぃ」ちゅうやろ?
●あんた、何を言ぅてんねんな
▲せやけど、天狗さんいぅのんいっぺん見てみぃたいわ
●「恐い」言ぅてるのんと「見ぃたい」ちゅうのんとえらい違いやないか
▲そぉかて、恐いもんは見ぃたい。
●「恐いもん見ぃたい」て、この子はもぉホンマに……、
こんな大きな木の下、
ヒョッと上に天狗さんがいたはったらどぉすんねんな。
下でワチャワチャ、ワチャワチャ言ぅてたん、
ホンマにこの木ぃの上に天狗がいよったんです。
■ははぁ~、俺のこと言ぅとんねんなぁ、え?
あの可愛(かい)らしぃ舞妓が「鼻の大っきぃ人は大っきぃ」
可愛らしぃこと言ぅとるがな、
見せたろかなぁ「天狗て、こんなやど。天狗て、こんなやど~」
と、天狗が下のほぉへ、色気を出したもんでっさかい、
神通力を失いまして上からバ~ッサ、
バサバサバサバサッ……
落ちて来るなり、下が朽ち葉と朽ち葉、土が柔らかかったんですなぁ、
朽ち葉が積もってるもんでっさかい、
鼻がそれへさしてズボッ!
■あ、痛たたたッ、えらいこっちゃえらいこっちゃ、あぁ~ッ、えらいこっちゃ
●んまぁ~ッ、何や落ちて来た……? んまぁ~ッ、天狗さんやわ。羽うちわ持ってはる
▲んまぁ、天狗さん、そんなとこへあんた、うつむいて何?
まッ、鼻突っ込んではるんやわこの人。ちょっとあんた、起きなはれ。
▲姐ちゃん、えらいこっちゃ。天狗さんの鼻取れへん
●「取れへん」てあんた、引っ張ってみ
▲引っ張ったかて取れへん、天狗さんの鼻がズボ~ッと土の中へ入って取れへんわ、どないしょ~?
●「どないしょ~?」て、あんた起きなはれ。
■ん~ん
●いや、唸ってはるだけやわ。ちょっと……、分かった、えぇことがある。
年増芸者が一人、懐紙(ふところがみ)を取り出すなり、
これをサラサラッと揉みまして、鼻の根元のとこへ当てごぉて……
【さげ】
「どぉぞ」ちゅうたら、スポッと抜けた。