わかってる!
耳の聞こえない男が、結婚した。
教会の儀式も、とどこおりなく進み、いよいよ、
花婿が、指輪を花嫁の指にさす段取りとなった。
もとより馴れぬことであり、あらかじめ習ってもこなかった、
耳の聞こえない花婿、時がきても一向に動かない。
「指輪じゃ、指輪じゃ!」と、かたわらの坊さん、耳うちするのだが、
てんできこえないらしい。
坊さん、これは手真似をするにかぎると思い、左手の親指と人差し指とで、
指輪の形をつくり、右手の人差し指を中へ通して、二、三度動かしてみせた。
すると、花婿は、とたんに笑いだし、あたりにひびく声で、
「わかってる、わかってる、このスケベ坊主!」
西洋風流小咄集 より
