ハンカチ
一等車の中はガランとしていて、りっぱな紳士が二人、向きあっています。
一方の紳士、さっきから、鼻にハンカチを当てがって、くしゃみが出そうなのを、
がまんしているようなようすです。
「もしもし、どうかなさいましたか。
くしゃみをこらえておいでのようですが、ご遠慮なく。
カゼ薬でしたら持ちあわせがありますから」
すると、相手の紳士はにっこりして、
「いや、とんだおさわがせをいたしました。カゼでも、くしゃみでも、
なんでもないのです。じつは・・・
もうしにくいのですが、私は愛する妻のそばを、一時でもはなれているのが、
身を切られるようでしてね。
旅行のときには、こうやって、せめても、
愛する妻の移り香のあるハンカチを手ばなさず、妻が恋しくなると、
出しては、匂いをかいでいるのです。
みょうなやつとお笑いくださいますな。
妻がどんなにすてきな女か、失礼ですが、
ちょっとこのハンカチをかいでみてごらんなさい」
と、紳士は、相手の鼻さきに、手にしたハンカチを突きつけました。
そのとき、相手は思わず、叫んでしまいました。
「あッ!じゃ、あなたはガスパールさんですな・・・・・」
西洋風流小咄集 より
